ターニングポイント

飯村さんのターニングポイントは、当時の飯村さんの心境と密接につながっていました。

ターニングポイントを改めて思い返してみると、三つあります。
最初は就職活動の時。学生時代の時間のほとんどを費やしていた野球では、レギュラーになったりならなかったりで、決して自分が望んでいたような活躍ができていたわけではありませんでした。自分ができた事に対してはこれだけ努力しているのだから当然、できていない事に関してはどうして出来ないんだ、と苛立ちを覚えて、どこか自信が持てない学生生活を送っていました。
やがて迫ってきた就職活動が、バブル崩壊から来た氷河期になってしまい、就職活動に真剣に向き合わざるを得なくなりました。そこで大学三年の秋から自己分析に時間をかけ、自分が働くという意味についてノートに記載していったんです。そうして見つけたのが、最初にもお話しした「難しいこと理解して、人に伝えるような仕事」です。この自己分析を通して、自分の強み弱みを客観視する事ができるようになり、また自分のテーマもはっきりしました。そのおかげで、自分が出来る事も出来ない事も、それぞれ自信が持てるようになりました。

二つ目は、最初の部署に配属されてすぐの頃ですね。先ほどは具体的には話しませんでしたが、入社して初めての仕事が、営業から回ってきたお客様の設計図を書き写すだけの作業だったんです。
何のために書き写すのかも分からないまま、ただの作業として短い納期に間に合わせるようにこなしていく仕事に意義が見出せなくて、周囲に文句ばかり言っていました。当然上司の耳にも入りまして、「売上を上げていないのに文句ばかり言うな」と叱られてしまい、毎日イライラしていました。
でもある日、どう見てもおかしな回路の設計図があったんです。こうしたらいいんじゃないかな、と気になって気になって、お客様に直接その事を提案してみたら、とても感謝していただけました。

この経験から、上司や営業の人が持ってきた仕事をただ闇雲にこなしているだけでは、僕の結果になるわけでもないし、お客様が求めている物とも違うのかもしれない、と思うようになりました。仕事の面白さを見つけて、エンジンがかかった瞬間だったと思います。お客様にいろいろな提案をどんどんして、結果としてシェアを20%超に拡大させることできました。

提案する時も、高いデバイスを勧めるのではなく、同じ機能でもこうすれば安く済む、とお客様目線での提案を心がけました。そうすると「そんなに良くしてくれるなら、今度のあの件もお願いしようかな」と仕事をいただけることもありました。技術職だけど、新しい仕事も獲得できたのが嬉しかったですね。
売上という数字の結果が出たことも勿論ですが、お客様が出荷できるかどうかのぎりぎりの状況で、うまく回路を動かすことができて、お客様と一緒になって喜べることが楽しくて仕方がなかったです。最初は「お客様の前に出ない、部屋にこもった人たち」なんて揶揄されたりしましたが、数年もすると成功事例として紹介されるようになり、それもまた喜ばしい事でした。

三つ目は、Bluetooth事業を担当することになり、競合取り扱いの影響で他の部署に異動することになった時です。
もともと自分の視野を広げたくて、新しいものに挑戦したいと希望し、Bluetoothの担当になりましたが、なかなか結果が出せずにいたところの異動でした。成果が出ない焦りもあって、同僚とも険悪なムード。会社ではイライラしっぱなし、家ではボーっとしているだけで、家族が心配するレベルでした。自分が求めていた立場になってうまく行かない事が本当に大きなストレスでした。メンタルヘルスのチェックリストを自分で見てみたら全部に当てはまっていたので、病院に行ったら何かしらの診断が下されたと思います。

この状況は、自分に何か根本的な問題があるのではないかと思い詰めて、いろいろな本を読みあさりました。その中で「認知療法 10の思考のゆがみ」に出会いました。自分の思考が偏ってしまっていないか、そのことで自分を追いつめていないか、セルフチェックすることができるんです。とてもいいなと思い、イライラする度に10の思考の歪みを確認し、思い詰めすぎないように気を付けていきました。そうしているうちにだんだん気分も明るくなってきて、人生は楽しい! とまた思えるようになりました。それから数年は、新年に新しい手帳に「10の思考の歪み」を書き写すのが恒例の作業になっていました。

ターニングポイントは三つと言いましたが、もしかしたら今が一番のターニングポイントなのかもしれません。
実は今、新しいミッションが加わり今の部署と新しい部署、2つの部署に属しているのです。新しいミッションはAIコンサルティングです。AIを使って、生産性向上や業務効率化のいろいろな提案をしていきます。
あと10年と少しで60歳になるのですが、それまでにまた新しいことを何かしたいなとも思っていたのでまさに絶好のタイミングでした。AI事業のことをしっかり把握できるまで五年かかるとして、そこからもう五年で結果を出す、と考えると、今が新しい事に取り組む最後のチャンスかもしれないですね。
今の部署では会社から求められる結果は出せましたが、就職活動をした時に思い描いていた、「難しいことを理解して説明する仕事」とはちょっとずれてきている部分もあったので、またAIという新しい分野で自分の思い描いていた仕事ができるのは嬉しいですね。
会社から求められる成果と自分のやりたい方向性がこれだけ合致するのは、入社の時以来です。世界的に見て、日本の技術力が落ちてきている、なんて言われていますが、注目されているAIの分野で生産性を向上させて、再び世界をリードするニッポンになることに貢献できたら嬉しいですね。

働く、というのは、何に真剣に取り組むのか、ということなのかな、と感じています。
人それぞれ真剣に取り組むものがあると思います。それが仕事としてお金を稼ぐことなのか、趣味なのかは人それぞれですけど……。

働き方も、お客さんの前に立つのか、裏方なのか、チームをまとめ上げるのか、個人の力を発揮するのか、いろいろなやりかたがあります。経営者となってお金を稼ぐ才覚を発揮する人や、大きな部署のトップとなれる人もいるでしょうけど、すべての人がそういうわけではない。自分のやりたい事と会社が求める事が完全に合致する機会もなかなかないでしょう。
でも、どんな立場の人でも物事に真剣に取り組んで、自分の力を100%発揮する経験を積む事はできます。たとえ真剣に取り組んだ結果が望んだ通りにならなかったとしても、経験として身につく事は大きいと思います。結果が失敗だったら、悔しさも大きいけれど、失敗の時の経験が後に大きく生きる事も多いですし、幸運にも結果に恵まれれば、それだけ喜びも大きいでしょう。
僕の場合でも、結果が出なかった時に関わった人から、後に全然違う仕事で助けてもらったり、頼ってもらったりした事もありました。むしろ結果が出なかった時の人脈の方が強いと感じますね。中途半端な仕事をしていたら、こんな風に助け助けられの関係にはならなかったと思います。失敗してはじめてその事が理解できたのかな、と感じています。失敗から学んだ経験を振り返ると、成功し続けて勘違いしたままの人生でなくて本当によかったと思います。失敗がなかったら仕事でも家庭でも努力が足りないからうまくいかないんだ、と当たり散らしているすごい嫌な奴になっていたでしょうね。

今は国全体が不景気で、困っている人が多いという印象です。みんなの働く力で、日本全体が明るくなる方向になるといいですね。「この商品は僕が作った!」「この部品は私の設計!」みたいに、みんなが胸を張れると素敵だなと思います。

専門的なお仕事内容も丁寧に説明して下さった飯村さん。自分自身のステップアップに向けた次のChoiceを着実に選び取っていく姿勢が、いつか日本の技術力を底上げさせる礎となっていくのだろう、と確信させられました。これからの時代に必要不可欠となるAI技術も、飯村さんをはじめとしたたくさんの技術職の方の想いに支えられているのでしょう。
(文章・写真:吉田けい)


飯村さんに聞いた
10年後、20年後のセルフイメージ

 


 

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