今になって言語化できた、大切な変化
ターニングポイントは何度もあった、と仰る関屋さん。その中でもインパクトの大きかったものと、ご自身の「働く」観についてお話してくださいました。
キャリアのターニングポイントだったなと思うのはいくつかあります。一つ目は院生時代に、電話カウンセリングの研究プロジェクトに参画したこと。このプロジェクト参画は、認知行動療法をいち早く身につけられたことと、後々は上司となる先生との出会いの場となった貴重な機会でした。
二つ目は、やはり就職の時、医学部の研究室で職場のメンタルヘルスを取り扱うか、心理学者としてアカデミックの世界でキャリアを積むかを選んだ時ですね。とても悩みましたが、後悔は一度もしていません。でももう一つの心理学者となる方を選んでいたら、今とは全然違う仕事をしていたんだろうなとは思います。それから、就職の前に理化学研究所の健康管理室で働き始めたことも小さなターニングポイントだったと思います。これがあったからこそ、就職への道が開けたなと。
最近、講演などで自分の個人的なバックグラウンドを話すことが増えたのですが、そうすることで自分自身の考察も深まっていきます。大学院時代、「良い・悪い、ネガティブ・ポジティブ、と先入観を持つのではなく、現象そのものを観察してみる」、「分からないことをそのまま楽しむ」スタンスを得られたことは、私にとってとても深い発見だったと思います。
当時から自分の変化を感じてはいましたが、それがどんな意味を持っていたのか、言葉にできるようになったのは、講演の準備などをして改めて自分で洞察を深めたからだと思います。
それから、専門書ではなく実用書を出版できたことも、とても大切なターニングポイントです(「感情の問題地図」2018.7/関屋裕希/技術評論社)。この本はエビデンスをしっかりつけているけれど実用書という位置づけなので、私にとってとても意味のある一冊です。これまでも専門書の執筆はありましたが、色々な人に広く手に取ってもらえる実用書を出版できたことで、もっといろいろなことを私から発信してもいいんだ、と思えるきっかけになりました。
個人事業主として、「もっと自分から発信した方がいい」とアドバイスをいただくことが時々ありますが、私にとってはそれがとても難しい事でした。私に限らずですが、研究に携わる人は発信に慎重というか、口が重いんです。しっかり研究して、明らかになっていることしか言いたくないんですね。研究者という立場だからこそ、発言に責任がある場合もありますし、誤解や悪影響が発生しないとも限りません。私も、コロナウィルスが流行し、緊急事態宣言が発令される直前の頃に、「コロナうつ」について話してほしい、といったインタビューを受けましたが、最初に「コロナうつという病気はありません」って言いました(笑)。
こうした症状が出るとか、ああいう対処がいいとか、そういう発言にも正確さにこだわりたくなるのが研究者なんでしょうね。論文の引用はできるけれど、そこに自分の個性は差し挟まないんです。
だから、研究者が自分らしい発言をするのはすごく難しくてハードルが高いんです。研究者としてもっともっと経験を積めば、研究者として、かつ自分らしい発言もできるようになる方もいらっしゃいますけれど、私にはまだ無理でした。だから、SNSに何か書くのも、人よりためらう ことが多いんだと思います。もともと臨床心理士としての仕事には守秘義務 もあるので、なおさら でした。
そうしたためらいが、「感情の問題地図」を出版できたことで、少しは減ったのではないかなと感じています。少しずつではありますが、自分のホームページを用意して、仕事の報告や日々感じることを発信するようになりました。
私、働いてはいるんですけれど、「働く」っていう感覚がないんです。じゃあ何をしているのかと聞かれると、ライフワークという言葉が一番しっくりくる気がします。私がそれをする意味ややりがいを感じることが出来て、自分としてもそれをやっていきたいと思えることが、今の私にとっては職場のメンタルヘルスでした。
なので、キャリアの上でどちらかを選ぶような場面では、金銭や待遇よりも、仕事内容にやりがいを感じられるかどうかでいつも選んできたつもりです。なので、私にとって働くということは、自分の経験値が増えて成長できることなんだと思います。
もし失敗しても、それがまた経験になって、成長に繋がれば十分です。これからも自分の好奇心が赴くままに、やりがいのある仕事を追及していけたらなと思います。
このインタビューはコロナウィルス流行の影響を受け、オンラインにて実施させていただきました。インタビュー中、関屋さんは何度も「目の前の人を助けたい」「現場で役に立つことをやりたい」という言葉を使い、お仕事内容や当時のご自分がやりたかったことを説明してくださいました。画面越しに伝わってくる情熱に、私自身も熱気に包まれたような心地がしています。ますます注目を浴びている心理学の分野で、関屋さんのように目の前の困っている人を助けるために尽力して下さる方がいることは、ワークライフバランスが多様化する社会を生きる私たちにとって、これほど心強いことはないなと感じたのでした。
(文章・写真:吉田けい)
関屋さんに聞いた
10年後、20年後のセルフイメージ
https://www.sekiyayuki.com/
関屋裕希 公式サイト
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