研究か、現場か──本当にやりたいことを選び取る勇気

キャリア形成で大切な選択をした関屋さん。アカデミックの世界と民間企業の現場の両方を見て、ご自身が本当にやりたいことを突き詰めていきます。

晴れて東京大学の特任研究員になり、産業精神保健 就職当初から、週四日が研究室、あと一日は民間企業G社に嘱託カウンセラーとして勤務することが決まっていました。
同じ研究室で、私から見ていわゆる同期のような立場の方も、同じように二本立てで働いていました。私としては、就職はしたけれどまだ大学の中だったので、実際の現場である民間企業の中でも働いてみたい、という想いが強く、ありがたいことでした。産業精神保健の研究をするとしても、民間企業で経験がないと、働く人の気持ちや立場を本当の意味では理解できていない、会社組織がどんなふうに動いているのかも分からない、といったものがあるので、私は是非とも民間企業で働いて、その実情をこの目で見てみたいと思っていました。

週四日の勤務となった東京大学では、二つのプロジェクトのスタートアップに関わることになりました。一つ目は、私をリクルートして下さった教授が、職場のメンタルヘルス専門家養成のための外部向け講座を立ち上げたいとのことで、そのプロジェクトです。カウンセラー、産業医、人事の方、保健師、社労士など産業精神保健にかかわる職種を対象としています。就職してすぐにいきなり「企画書を作って大学に提出して」と言われたので、とても驚いてしまいました。企画書を作ったことなど一回もなかったので、就職して初めて買ったのは「企画書の書き方」的な本が三冊となりました。更に、その講座のホームページも私が作ることになって、そのやり方も勉強したり……。そのホームページは今でもほとんどそのまま使っていますよ。何もわからない状態で、手探りでやり方を調べながら発進したプロジェクトでしたが、多くの方にご参加いただけました。このプロジェクトは現在でも続いていて、今年で九年目を迎えます。今年は初のオンライン開催の予定です。

二つ目のプロジェクトは、東日本大震災の被災者支援に関するものでした。私の就職が2012年で、ちょうど震災から一年が経過した頃、まだまだ精神的健康の支援を必要としている人がたくさんいる現状でした。私達はその中でも、陸前高田市の消防団の方々のメンタルヘルスケアを行うことになりました。四月に就職して、ゴールデンウィークにはもう陸前高田に行くようなスピード感です。このプロジェクトがうまく継続するように運営するのが私の役目となりました。

実は研究者目線で言うと、私のように何かしらのプロジェクトのスタートアップに携わることはあまり歓迎されないんです。サービスとしては新しいことをしていますけど、研究者として新しいことを出来ているわけではありませんから。スタートアップに携わると、自分の研究時間を邪魔されてしまう、と感じる方もいるようです。
でも私は、せっかく新しい学問領域の研究室で産業精神保健の分野に取り組むのだから、何でもやってみよう、という気持ちでチャレンジしていました。とても忙しかったけれど、大学院時代も昼間に臨床心理士のアルバイトをして、その後深夜まで自分の研究をして、という生活をしていたので、それを基準に考えると、無理をして大変なことをしているという感覚もそこまでありませんでした。

研究員の就職って、民間企業の新卒入社のような同期がいないので、比べる相手がおらず、何がスタンダードなのか分からないんですよね。だからこそ、民間企業を見てみたい、現場を知りたい、という想いが強くなったのかもしれません。

二つのプロジェクトを回しながら、研究員としての研究もしています。労働者向けのプログラムの効果を研究して、その結果を企業に提供する、という類の物でした。東京大学の所属研究室は医学部に属しているので、研究はチーム戦です。心理学の研究は最初から最後まで一人でやりますが、こちらでは研究のいろいろなセクションをそれぞれが分担して進めていきます。
私は臨床心理士として、研究参加者が受ける介入プログラムを作ったり、実際にカウンセラーとして介入者になったりする部分を担当しました。

スタートアップが二つと、研究と民間企業、四つを並行する状態が三年ほど続きました。比率は研究室が週四日、民間が週一日でしたが、四年目から逆転し、研究室は一日、民間が四日という働き方に変えようと決めました。なんというか……研究者になるのを諦めたというか。自分にはフルタイムで研究に打ち込む研究者は向いていない、自分のやりたいこととは違うと分かったというのでしょうか。研究は時間がかかる、気の長い作業で、研究テーマの結果が出るまで年単位で時間がかかります。
研究が進むことはとても大切ですが、目の前の人に向けたものというよりは、もっと未来に向けたものなんです。私は未来に向けた研究よりも、今まさに目の前にいる人に役に立つことに取り組んだ方が、自分自身のモチベーションを保てるんだと言う事に気が付きました。

民間企業で働くと決めつつ、週一で働いていたG社の他にも現場を見てみたいと思い、一度G社を辞めて、半年ほど別の企業F社にカウンセラーとして週一で勤務しました。大きな会社の事業所の一つに設置された健康管理室での勤務です。G社は東京本社の中枢機能での勤務でしたので、それとは対照的にFでは中枢からの指示を受けて実践する立場になりました。
指示する側と実践する側、両方を経験してみて、中枢にいて自分でいろいろ決められる方が面白いな、という結論になった時、ちょうどG社が週四日で働けるカウンセラーを探していたので、私の希望とマッチしました。F社からも是非とも週四日で来て欲しいと嬉しいお声がけがあり、報酬などはG社よりも好条件だったのですが、自分にとって面白いと感じられる仕事が出来るG社を選びました。

現在は、週四日がG社、細々と続いている理化学研究所が月二回、そして東大の客員研究員が週に一回の三本立てです。それから、個人事業主として、シンポジウムでの講演やメンタルヘルス研修の講師、記事や書籍の執筆などもしています。研修などの単発の依頼は、講演を聞いてくださった企業の担当の方から依頼されることが多いですね。
関わる企業の数も、細く長く続いたり、単発で終わったりするので、増えたり減ったりします。私は職場のメンタルヘルスが専門ですが、病気や不調の状態だけでなく、ポジティブなメンタルヘルス、働き方やチーム作り、健康経営など会社全体の施策の設計なども取り扱っているので、臨床心理士と聞いて一般的に思い浮かべる分野よりも幅広いと思います。

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